3/20 夏物語 完読

帯に村上春樹さんの高評価のコメントがあったので購入。特に村上春樹さんが好きって訳ではなく、それよりも村上春樹さんの本を読んだことがないのだが。

650ページの長編で長いなぁと思ったけど、結果的に良かった。二部構成で、主人公は変わらず、一部と二部の間に数年の隔たりがあり、主人公の心情を語る上では一部は大切だったのかもしれないが、私には、その心情の繋がりがよく分からなかった。ただ、二部の内容だけで、何箇所か心にグサグサきたり、改めて考えさせられたりしたので、二部だけでもこの本は成り立つのでは無いかと思った。

小学生の頃、DVの父親から母と姉と夜逃げした売れない女性小説家が主人公で、精神的に、自分は子供を持つことができないと思い込んでいた所、AIDと言う、子供ができない夫婦の為に、違う男性の精子で人工授精させて子供を産む事に関心を持ち始め、徐々にまだ見ぬ自分の子供に会いたい気持ちが大きくなっていき、姉や知人との意見の違いや、自分の中での希望と現実の狭間でのこれでもかと言うぐらいの葛藤を描いている小説。

この中では、AIDで産まれて育てられた人の事も書いてあり、父親が本当の父親でなかったことがわかった時のいきどおりなど、自分では想像したことが無い位のマイナス感情を持つ事など、大変理解でき、腑に落ちた。種が解らなくても、育ててくれた父親に感謝するだけで良いのではと甘い考えを持っていた。猛反省。

それと、結婚しなくても子供は欲しいと言っている女性に対して、なにを調子の良いことを、なんて今まで思っていたが、精神的、肉体的に性行為ができない人もいて、それが故に結婚などとても考えられない人も居るんだなと、これまた猛反省。想像力の欠除なんだろう。

子供を持つことに対しての色んな立場の人たちの心情が人が産まれる事、人を産む事、人を産みたくても産めない人、人を育てる事、産まれたくて産まれた訳では無いと思っている人、などいろんな方向性を持って話が進み、とても哲学的でもあった。

中でも、望んで子供を欲しがる人はいるが、望んで産まれたかった子供は居ない、て言うところ、そりゃそうだわって思うけど、意味が深い気がする。

反面、主人公が作家である事から、その時々の心情や情景がとても詩的であり叙情的であった。これはかったるくもあったが、心を揺さぶりもし、こういった緩急で感動させてくれているんだろう。この感情の表現は、町田康さんの「告白」、河内十人斬りの小説となんか似たところを感じた。

主人公と友人の会話で、関西弁で小説を書かないのか、って言うくだりで、文字にすると、ひらがな表記が多くなったり、イントネーションまでは伝わらないので、ダメか、ってあっのだが、主人公が電話口で感情を露わにするシーンで、それこそ関西弁でひらがなが多かったのだが、イントネーションも言葉の間も音の強弱も全てが伝わった所があり、ボロボロ涙がこぼれてきた。作者の力量だと思う。