1/30 ペスト カミュ 完読

ペストでロックダウンした街の様子を書いている小説。コロナ禍で、全世界がロックダウン状態になったからか、本屋のランキングでずっと上位だったので購入。

正直、読むのに疲れた。翻訳者のせいなのか、原作がそうなのか、私の読書力のせいなのか、とにかく、形容する言葉や文、あるいは情景が多すぎる。必要なことだけを伝えるのであれば多分半分ぐらいのページですむのではないかと思われるぐらい。
それでも、頑張って読むと、考えさせられる事が多かった。
今現在、コロナで、やれ緊急事態宣言出すだの出さないだの、延長するだのしないだの言って、あまり危機感が無いのは、この小説でも同じ様な事が書いてあり、ペストによる死者がある程度増えないまでは、今の日本と同じ様なやんわりとした対応をする様だ。この本は戦後すぐに書かれた物らしいので、7、80年前なのだが、確かに医療技術や制度は雲泥の差で今の方がより良くなっているとはいえ、対応が一緒。本当に困るまで、ほとんどの人が危機感持たないんだろうなぁ。自分も含めてだけど。
この本の中で、神の在り方だとか、聖者になる為には神は必要なのかとか、人の技術で抗いきれない物に対峙した時の宗教感は興味深かった。
この小説内では、私の読み間違いかもしれないが、最終的に神は無力であった。でもこの場合、まだ神父も居れば、医者も居て、少し余裕のある状態だからではないかと思う。昨年読んだ、「弥勒」という本で理解した事であるが、何かにすがるしか無くなった時、心底すがるものが必要となった時、それが神なのか仏なのか何でもいいのだが、生じてくる物が、宗教だと自分は確信している。
解説も読んだが、先に読んどけばよかったと思った。この本は何度か読まないと理解が難しいとの事。確かに、その通りだと思った。ペストに対峙する人、享受する人、逃げようとする人、利用する人達の心情や行動、気持ちの移り変わりがペスト蔓延から収束に向けて、入れ替わり立ち替わり記されている。その内、対峙している人の中に意識的に対を成した書き方をしている様で、その事には一切気がつかなかった。初見でこの事に気づいた人は凄いと思う。
とにかく、南海ではあったが、考えさせる本であった。